わたしの記録

日常の記録。気づきの記録。やりたいことをやる、やりたくないことをやめる、ご機嫌でいる、の実験記録。

結局自分次第なのかよ…って話

最近ね、客観的にわかるようになったんです。

相手がわたしをどう扱っているのか、ってことが。

 

そんで行き着いたのがやっぱり、

《わたしがわたしをどう扱っているか》ってゆーことでした。

 

まだ実験段階なので、わたしの場合は人によってブレます。

この人に対してはこう、あの人に対してはこう、という具合に。

 

同じ部署のとある人に対して、とてもフラストレーションが溜まっていたんですね。(今もだけど〜(ー ー;))

イラッ!ってしたときに大体辿り着く気持ちが、「わたしのことをこき使いやがって!」でした。

これってやっぱり、わたし→あの人に言ってるようにみせかけて、わたし→わたしに言ってるんですよ。

 

こき使われた!むかつくー!と思ったとしても、結局やっちゃってました、頼まれごとを。イラっとした顔、声。小言や注意もします。でも最終的にやってあげてた。つまり、こき使ってるわけです自分が自分を。

だからね、あの人も「あいつは嫌々ながらもやってくれる。ちょっと小言はうぜーけど、まぁ、申し訳なさそうな顔して流せばいいだけ」って絶対思ってる!!推測だけども!!

 

「ほんと申し訳ないです」「忙しいところすみません」とか言うんですよ。ぜってー思ってねーだろ?!思ってねーこと言うんじゃねー!バレバレだ!!

っていつも思いながらやってました。

 

だって、「社会人なんだから」「仕事なんだから」「人として」多少は我慢が必要でしょう?っていう《常識》を握りしめてたから。

 

 

でも、やめました。

 

小言も注意もしません。

ただ、やらないだけ。

結局言葉より行動です。

 

そうしたら……

 

奴は、わたしに、頼みごとを、

しなくなりました!!!!

他の人に頼むようになりました。

ターゲット(言うこと聞いてくれる人)を変えた。

 

そうなのです。

奴は、そうやって今まで生きてきたし、これからもきっと何かがない限り変わらないでしょう。

わたしは彼の親でも生涯を共にする伴侶でも上司でもないので、彼に対して責任がありません。

そうゆうとこ直したほうがいいよ、なんて言って直させる責任がない。

と思うようになったら、じゃー自分の気持ち優先してやるのやーめよ!って思いました。

 

え?????

毎日毎日毎日あんなに頼まれてたのは何だったの????

こっちが戸惑うわ!ってかんじです、現在の心境は。拍子抜け。

 

反対に、とある人に心をオープンにしてみたら、相手もオープンにしてくれて仲良くなりました。

ずっとね、「先に相手に心を開いてほしい。そうしたらわたしも開けるのに」って思ってたんですよ。

逆でした。まずは自分から与える、って本当なのですね。

 

面白いなぁと思う。まだまだ試行錯誤してみます。(試行錯誤って言葉好き)

生きにくいはずだわ

昔を振り返ったとき、本当にまぁ、アホなの?ってくらい、自分の気持ちを押し殺していたことに気づきます。

 

右に行きたいのに左に行ったり、

中にいたいのに外に行ったり、

笑いたいのに笑うの我慢したり、

かわいい格好したかったのにボーイッシュにしたり、

悪口や愚痴を言いたいのにいい子ぶったり、

サボりたいのに真面目ぶったり、

人の中に分け入って挨拶したくないからって早く到着したり、

わたしには似合わないからって避けたり、

わたしばっかり!って思いながら我慢してやったり、

 

 

 

 

そりゃあ生きにくいわ。

 

 

 

「変わらなきゃ」「変わりたい」ってずっと思って自己啓発本を読み漁りました。

どうやったら苦手なものを(ちょっと)得意にできるのか、

どうやったら嫌いなものを好きになれるのか、

どうやったら不器用なのを器用にできるのか、

どうやったら世渡り上手になれるのか、

どうやったら会社で評価を得られるのか、

どうやったら話題が豊富なコミュニケーション能力高い人になれるのか、

そんなことばっかり考えて日々過ごしていました。

 

 

 

 

そりゃあ生きにくいわ。

 

 

そりゃあ、自分の好き嫌い、自分の感情がわからなくなるわ。

そりゃあ、イライライライラばっかりするわ。

 

 

いつでも一歩進めたときは、

「勇気を出したとき」です。

 

本で得たハウツーを駆使したときではなく、

勇気を出して本音を話してみたり、

勇気を出して自分から心を開いてみたり、

勇気を出してやりたくないことをやめてみたり、

勇気を出して笑いたいときに笑ってみたり、

勇気を出して着たい服を着てみたり、

勇気を出して輪の中に入ってみたり、

勇気を出して肩の力を抜いてみたりしたときです、

見える世界が変わり出したのは。

 

少しずつですが、生きやすくなってきました。

少しずつですが、人と関わるときにラクになってきました。

 

伸び代、まだまだあります。

人生何が起こるかわからない

「人生何が起こるかわからない」って、ときにネガティブな意味で使われたりすると思うんですけど、最近ポジティブな捉え方になることが多いです。

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例えば夫との話し合いの機会が訪れたことも。予期していなかったし、そうゆう話し合いをしよう!と鼻息荒くチャンスを狙っていたわけでもありません。「話し合わなきゃな〜ちょっと憂鬱だけど」くらいには考えていましたが。

▶︎▶︎▶︎真夜中の家族会議① - わたしの記録

 

思い返せば、

 

家を購入したときもそう。力を抜いた瞬間に、夫とともに「これだー!」と思える物件と出会えました。

 

夫と付き合う前に距離がぐんと縮むことになったきっかけも、本当に!全く!予想していない角度から訪れました。

 

意識してた人がいるんですけど、その人とよく話すようになったきっかけも全然予想していなかったし。

一緒に帰りたい!一緒に帰りたい!と血眼になってタイミングを図っていたときは全く機会は訪れず、力を抜いた瞬間ふつうに一緒に帰れたり。

LINE交換したい!って強く思ってたときは全くダメだったのに、ひょんなことから交換できたり。

 

なんてゆーか。

強く強く願ってもダメなもんはダメだし、ダメだ〜と思ってても、あるいはそんなに肩肘張らなくても、タイミングが訪れるときは訪れるし、しかも予想もしてない方向から来たりするんだなって。

だから、わたしはわたしの気持ちを大事にして、今という瞬間を大事にして、リラックスして過ごしてればいいのかなぁ〜と思いました。(強すぎる願いって、今が疎かになります)

ただ、「そのとき」が来たら必要なものがひとつあります。それは「勇気」。ほんと勇気。ほんと勇気だけ。グッと腹に力を入れて勇気を出すことだけ。

 

今度はどの角度から、どんなサプライズが起きるんだ?!って少しワクワクしてるわたしがいます。

 

GW10連休も終わりますね。

職場では席替えをしました。何が起きるんだろう〜って楽しみです。変化を楽しみに待てるって、わたしの中で大きな進歩です!

【ざわざわ】の正体

過去が今に会いにくる。 | 私の頭の中

 

「調子に乗ったら潰される」

これ、わたしの奥底にあるやつ。

過去の経験から創り出した、オリジナルの方程式。

 

昔のわたしから見たら、今のわたしは調子に乗っているように見えます。で、過去に経験したことを引っ張り出してきて「このままじゃマズイよ!潰されるよ!」って警告を出しているのです。

 

中学生の頃、人間関係につまずいて部活を辞めたのですが、(今の自分としては理解できない行動だけれど)退部後に髪を染めたんですね。金髪とかそこまで派手じゃないけど、茶色く。

そうしたら部活を辞めた要因になった子(ヤンキー)が、「髪の毛染めるとか調子に乗ってんじゃねーよ」と言ってきたのです。その子の髪は赤いのにw

「お前だって染めてるくせに!」なんて言えません。ヤンキーに正論をぶつけても「あ、そーだね」なんてことにはならない。実際たぶん解放されて調子に乗っていたしね、図星だった。

 

自分を信じられなくなって自分の思考や行動に制限をかけて色々辛くなったのはもっと前からだったけれど、これがきっかけでますます自分との信頼関係は崩れて生きにくくなりました。

 

この記憶が、「調子に乗ったら潰される」という方程式を作り上げてわたしを縛ることになります。

地味に、目立たぬように、真面目に、自分を押し殺して生きることとなりました。

 

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我慢をすることを徐々にやめ始めて、昔と比べたらだいぶ人間関係が楽になって、そうしたら【ざわざわ】が出てきた。

 

良い子ちゃんぶるのをやめた。真面目なわたしを手放した。お客さんや上の立場の人とノリで話すことを許可した。くだらないことで笑っていいことにした。

 

そうしたら少しずつだけれど、現実も動き始めた。

職場で親しい人ができ始めたり、上の立場の人とよく話すようになったり、飲みに誘われる機会が増えたりと。

 

最初は嬉しい気持ちと解放感に浸っていたけれど、想像以上にぐんぐん加速していくと、望んでいた現実のはずなのになぜか【ざわざわ】する。

このままでいいの?このまま進んで、「タッタラー!ドッキリでした!」的に突き落とされない?とゆーか、どんどんどうゆう対応すればいいのかわからなくなってきた!

って具合です。

 

でね。

いろいろノートに書き出した末、

この【ざわざわ】って、別に普通の感情なんじゃね?って気づきました。

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この【ざわざわ】は、【膿み】。

過去のわたしが創り出したルールを手放した結果出てきたやつ。わたしの中で過去と今信じている思考同士が闘っているのだ。

絶賛膿み出し中!!

 

今までとは意識を変えて、今までとは違う行動をとってみて、現実が動き出して。

この先どうなるんじゃ?この先どうすればいいんじゃ?このままゴー!でいいんか?

って、わからなくてざわざわするのは当たり前。なぜならこの世界を知らなかったから。未知の領域だから。戸惑って大丈夫!!

 

で、ここで【ざわざわ】するからといって、やっぱりなんか間違ってるんだ…って思って元の思考に戻り、住み慣れた世界に戻ってしまうと、同じことを繰り返すことになる。

確かに住み慣れた世界に戻ると一瞬安心に包まれるかもしれない。でも「なんかな〜〜」っていう不満がまた顔を出す。

これまで何度となくそのループに陥ってきた。

 

今は踏ん張りどころなのだ。

【ざわざわ】するのは当たり前のこと。この先にまた新しい世界が待っている。と信じて突き進むのだ。

無題

わたしはわたしを諦めない

 

わたしはわたしのことを知ることに対して、匙を投げない

 

わたしはわたしのことを考えることをやめない

 

わたしはどう思うのか

わたしはどう感じるのか

わたしはどうしたいのか

 

それらを考えることを諦めない

真夜中の家族会議〜序章〜

「子供いらんの?」と夫に言われたとき、友人とLINEをしていました。

同じような理由で子供ができなかった友人です。でもわたしのように諦めず病院にも行って、この度妊娠5ヶ月だという報告をもらいました。

 

報告はグループLINEに届きました。その日23時まで残業をしていたので、気付いた時にはやりとりがかなり進んでいました。

ガーン!と鈍器で頭を殴られたような、ナイフで胸をえぐられたような衝撃を受けました。一瞬のうちに落ち込みました。でも山ほどある仕事を片付けなければと、仕事に戻りました。

 

ショックとタイミングを失ったので、グループLINEに返信できず、数日が経過しました。頭には常にありました。「おめでとうって言わなきゃ…昔から知ってる大切な友達なんだから、今は取り繕ってでもお祝いの言葉を…」と。でも、連絡できませんでした。

別の友人が様子を伺うようなLINEを送ってきてくれました。タイミング失って〜^^;とだけ伝えました。

 

そんなこんなしているうちに、本人から個別にLINEがきました。届いたのは確認しましたが、なかなか開くことができずにいました。

今日も残業か…と定時を過ぎた頃、所用で外に少し出た帰りに友人からのメッセージを読みました。

 

あたたかい言葉に、涙が止まらなくなりました。

 

気持ちは痛いほどわかるから。祝えない気持ちもわかるから。それは普通の感情だから。だから、自分を責めないでね。

 

堰を切ったように涙が溢れました。トイレに駆け込んで、嗚咽を漏らして泣きました。ただただひたすら泣きました。

グループLINEのメッセージを読んでから数日経過していましたが、ショックを抱えながらも一度も悲しみに浸ることなく過ごしていたのです。

 

取り繕ってお祝いの言葉を伝えることもできました。でも、心はノーと言っていて、沈黙を貫きました。

そうしたら友人が気持ちを吐き出すチャンスをくれたのです。悲しみに浸る時間を与えてくれたのです。

 

友人からの報告は、一つのきっかけにすぎません。わたしの中にはずっと燻っていたのです。友人のせいではありません、本当に、悲しみも苦しみも、その人本人の問題なのです。

 

デスクに戻らなくてはならないのに、仕事は山ほどあるのに、涙が止まりません。でも仕事なんかよりも、今ここで感情を感じ切る方がずっとずっと大事だと思ったので、ひたすら泣きました。

友人に謝りました。ごめん、正直祝えないと。とても苦しいと。そして感謝の言葉も伝えました。あたたかい言葉をありがとうと。

 

その日の夜のことです。真夜中の家族会議が催されたのは。

友人からのメッセージ。感情を感じ切ったこと。友人とのやりとりを通じて気持ちが整理できたこと。嘘の言葉ではなく、本音を伝えられたこと。

これらが全部つながって、夫に対しても勇気を出せたんだと思います。そのどれかがズレたとしても、この流れはなかったと思います。

真夜中の家族会議③

腹をくくる、腹に力を込める、ってまさにこのようなことを言うんだろうな、って思いました。

 

セックスレスについて話し合うのは良くない。より解消から遠ざかる。と巷では言われています(都市伝説?)。とってもセンシティブな問題です。

おそらく、考えたり決意したりして解決することではなくて、もはや本能的なことだからだと思います。「優しくて悪い人ではないんだけど、…生理的に受け付けないんだよなぁ」ってゆーのと同じです。理屈じゃないんです。

 

でももうわたしはヤケクソになりました。

だってよ?話し合わなくても解消してねーし!だったら話し合っても同じじゃね?だったら積年の思いの丈ぶつけてーよ!

って具合に。

 

とゆーわけで、涙ボロボロ、言葉を詰まらせながら話しました。

 

子供ができないことよりも、レスであることに悩んでいる。女として扱われてないんじゃないかと悲しくなる。虚しくなる。

もう何年も友達のご懐妊の報告をもらっても素直に喜べない。あぁ、この人は旦那さんに女扱いされてるんだ、って思ってしまう。大切な友達にすらそう思ってしまうのが悲しくて苦しい。(セックス=女として扱われてる、ってゆー考えがオカシイのは承知してる)

 

簡単に言うとこんなことを伝えました。

 

夫の言葉を待つ時間が怖かった。実際少しの間沈黙があった。

 

結果として夫が話してくれたのは、

  • 自分の周りの同世代の人たちは同じようにレス。(だから問題視してなかった、と言いたかったんだろうと思う。)
  • 仕事の帰りが遅いので、平日の夜は正直する気にならない。(わたしも最近残業続きなので、気持ちわかるでしょ?と。…まぁ確かに、すぐに寝たいわな。日本の長時間労働がレスを加速させてるわ、ほんと。)
  • 朝の方が悶々とする。(寝て頭がリセットされるからかな?リラックスしてる状態だから、と言ってた)
  • 女として見てないわけではない。だから一緒にお風呂入るのやめる、とか意味ないよ。(レス解消のためにわたしがとった行動。笑  目的話してなかった気がするんだけど、バレてたと思うとひたすら恥ずかしいわっ!w)

 

本音を言い合った上で、「一緒に病院行こう」だったらいいんです。結果的にとる行動が同じだとしても、お互いの気持ちが同じ方向を向いているのか確かめて踏み出したかどうかが大切 。だからやっぱり過程は大事です。

 

我が家は結局、病院に行くかどうかについてはうやむやになっていますし、話し合ったのは最近の話なので、子供ができたわけでもレスが解消されたわけでもありません。

でも。全然違う。何が違うって、気持ちが。夫の気持ちを聞けたこと、女として見られていないわけではないと知れたこともそうだけれど、何より、わたしがわたしの本音を伝える勇気を出せたこと。グッと腹に力を入れて、勇気を出して行動できたこと。

こうゆうのが自分との信頼関係を結ぶ上で大事なことなんじゃないかなぁと強く思いました。