わたしの記録

日常の記録。気づきの記録。やりたいことをやる、やりたくないことをやめる、ご機嫌でいる、の実験記録。

わたしの究極の「在りたい姿」がわかった

本田晃一さんのブログを読んで自分の望みをあぶり出していたら、わかってしまいました。わたしはどう在りたいのか、が。

▶︎ゆる~い人にオススメ「新年の決意」のやり方 | 本田晃一オフィシャルブログ「世界一ゆる~い 幸せの帝王学」Powered by Ameba

 

《シンプルに、身軽に、堂々と選択できる人で在りたい》

 

わたしって自分のことを、出来ないことが多い、ダメなことが多い、隠したいこと(見せたくないもの)が多い人だって思ってるんですね。

例えば、お酒が飲めないとか、コーヒーや牛乳が飲めないとか、車が運転できないとか、ずっとニキビに悩まされているとか、体型にすごくコンプレックスを持っているとか。

それ故に、選択肢が少ないのです。飲み会に行ってもソフトドリンクしか飲めなくて、みんなが楽しそうにお酒の飲み比べをしてるのを横目で見て孤独を感じます。カフェが好きなのですが、紅茶やオレンジジュースしか頼めません。自分をより良く見せる化粧なんかじゃなくて、ニキビを目立たせなくさせるファンデーションを必死で探します。それなりにオシャレではあると思いますが、それは体型のコンプレックスを隠すために得た術です。本当はTシャツにGパンとかすごくシンプルな格好をしたいです。

お酒は飲めるけど今は訳あって「飲まない」と、アルコールを分解できる力が弱いから「飲めない」のって、ソフトドリンクを選ぶという行動は同じでも、すごくすごく大きな差があります。

 

お酒が飲めるような体(質)が欲しい。

スタイルのいい体が欲しい。

綺麗な肌が欲しい。

 

それらを手に入れて何をしたいの?

それをして何を感じたいの?

 

を書き出していたら、「身軽さを感じたい」だとか「堂々としたい」が出てきたんですね。穏やかさとかホッとする気持ちとかが出てくるかと思ったら違いました。

 

近い未来の心配をしたり、人の目を気にしやすいのって、出来ないことやダメなこと、見せたくないものを他人に晒して、指摘されて、傷つきたくないからなんですね。傷つくわたしを直視する勇気がないんです。

だから、冷めてるわたし、真面目なわたし、オシャレなわたし、人との関わりに執着しないわたしという鎧や武器をたくさん身につけたんです。

 

すべてはわたし自身を守るためなので過去のわたしを責めようとは思いませんが、身につけてると重いのでそろそろ手放したいです。

 

確かにお酒が飲める飲めないは体質なのでなかなか変えようがありませんし、お酒がガンガン飲めるようになって旅先で地酒を楽しめる人になりたいなぁ〜という思いもあります。それについては別の機会に考えるとして。

 

お酒が飲めるようになって何がしたいか考えたとき、「飲みに誘われたときに卑屈になることなく堂々と“行きます!”と言えるわたしでいたい」とか、「気になる人を気軽に飲みに誘えるわたしで在りたい」とか、「飲みの場で仲を深めたい」とかが出てきました。

お酒飲めないわたしと飲みに行っても楽しくないよな〜って思いが強くて、斜に構えたり捻くれてめんどくさい女になったりしてる気がするんで、行きたい気分なのか行きたくない気分なのかってゆーシンプルな考えで身軽に選択できるわたしで在りたいのです。

 

スタイルが良くなりたい、も似たような感じです。コンプレックスを隠せる洋服かどうかではなく、好きか嫌いか気分かどうかで着るものを選択したい。そして、それを堂々と着たい。自分がどう見えるかということにフォーカスするのではなくて、目の前のことを集中して楽しめるわたしで在りたいのです。

 

シンプルに、身軽に、堂々と。

2019年心がけていきたいです。

嫌なことは年をまたがせないぞ

仕事に忙殺されると、考える力を失くします。

考える時間があるのならば、目の前の山積みのタスクを捌きたい。1分1秒が大切で、心配する声かけすら煩わしくなる。他人には優しくなれないし、何よりも自分に優しくなれない。

 

「やばいやばい」と朝から晩まで仕事のことが頭を離れなくて、いい加減自己崩壊しそうでした。でも本当にやばくなって取り返しがつかなくなる方が恐ろしかったので、勇気を振り絞って(鬼)ボスに相談しました。仕事納めの日のことです。

一年最後の日に怒られるかもしれない。嫌な気分で一年を締めくくることになるかもしれない。でも、このモヤモヤを持ったまま年を越したくない気持ちの方が上回り、ドキドキしながら相談しました。

↓あと、このことを思い出してました。結局自分が自分をこき使っていて、何をすればいいのか(助けを求める、頼る)わかってるくせに行動に移さない。で、いつも同じこと(頑張る、我慢する、で、崩壊する)のループ。

▶︎それは自分から自分へ言いたいこと - わたしの記録

 

そんで結果としては…まぁ本当はわかってはいましたが、「もっと早く言ってくれればよかったのに」と言われて拍子抜け。わたしの悩んだ時間はなんだったの( ;∀;)に、なりました。

相談した後は、比喩ではなく肩の力が抜け、目に映る景色が変わりました。

 

今度からは、やばくなる前にどうにかします。

やばくなって焦って追い込まれるとね…わたし悪魔になるんですよ。ボスのこと言えないくらい冷たく対応してしまう。

相手はもちろん嫌な気持ちになるでしょうけど、してる当人(わたし)もすごくエネルギーを消耗するんです。疲れるしイライラするし、何も良いことなんてない。

 

だから来年は、「小さなことから我慢しないこと」を徹底していけたらなと思います。世界平和のためにも。大袈裟なんかじゃなくて、まずは自分から始めれば波紋は広がっていくと信じて。

大事なとき「急に」素直になれるわけではない

早いもので今年ももう終わりそうです。年々一年があっという間です。

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クリスマスプレゼントも貰ったし、ケーキも食べました。

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前回の記事から1ヶ月近くが経ちますが、大きな心境の変化がありました。詳細は書けないのですが…めちゃめちゃ喜んだり、めちゃめちゃ落ち込んだり、振り幅が広くて自分でも戸惑います。

素直じゃなくて、かわいくなくて、意気地なしで、後悔をズルズル引きずる自分を目の当たりにして、何度バカヤロウ!と自身を罵ったでしょうか。ツンデレならぬ、ツンツンです。ただの可愛げないツンツン女です。

 

普段から我慢して我慢して、湧き上がる感情や本音に蓋を閉めていたら、ここぞという大事なタイミングでいきなり素直になれるわけがないのです。

本番では強いタイプ?

いやいや、これに限っては練習の積み重ねが必要なのだと痛感しました。常日頃から本音をキャッチして、素直に相手に伝えるということを習慣づけないと、とっさには出来ないのです。

 

「〇〇さん(わたし)も一緒に飲みに行きます?」って言われて嬉しかったのに、男性陣ばかりだったから「…お邪魔じゃありません?」って言葉が出てきたときも。本当は誘われて嬉しかったのだから、「行きたい!」って言えばよかった。

結局みんな仕事が忙しくてオジャンになっちゃったみたいだし〜結果オーライか…なーんてことじゃなくて。行く行かないの結果って実はどうでもよくて(正確には《別の話》であって)、大事なのは自分の気持ちをキャッチして表現できたかという点。本当にここがゴールなんだなって強く強く実感します。

 

この人の前では素直になって可愛げのあるわたしで在りたい。あの人がいない日はつまらない。

だからといって、その人がいない時間をボーッと過ごしてしまいがちだけれど、実はその間もすごく大事な時間。素直になりたい相手がいない間に、素直になる練習をしよう!そう思えるようになってきました。

 

そういえば最近仕事に忙殺されていて、ノートとペンで自分と向き合う時間がとれていません。

モヤモヤやワクワクがものすごい勢いで溢れ出ているのに、感じとる暇もなく次の感情が出てきます。もっともっと丁寧に自分の気持ちに寄り添っていきたいです。

身の回りチェック

さゆさんのこの下の記事読んで、早速布団を布団乾燥機にかけて、ずっと放置してたポーチを洗って、安いからという理由ではなく気になる歯ブラシを買い、動線考えてメイク道具を配置しました。

わたしにしては従順!そして気持ちがいいです。

▶︎♡身の回りのチェーーーック♡ | ♡Sayu blog˖✧〜わたしの世界のつくりかた〜♡

 

記事にあるように細かく細かく問われると、「うぅっ……Σ(゚д゚lll)」と答えに詰まります。全部全部自分が「いい!」と思って選択したのか?って考えると、値段だったり間に合わせだったりメンドくさくて放っておいたりしてることがたくさんあります。

 

こうやってどんどん突き詰めていくと、他人を意識に入れる暇がなくなっていきそうですよね。自分の声って結構耳をすませないとキャッチできないから、集中力も必要ですし。

もっともっともっと自分の喜びのために生きれるってこと。やっぱり伸び代ハンパないな〜〜

《満たされる》と《快楽》の違い

美容への好奇心が久しぶりに開花して、メイクをすることやオシャレをすることが楽しくてぐんぐん加速していきました。初めは確かに「楽しさ」が動機だったのに、そこにちょっと他人の評価が加わることで、いとも簡単に他人軸にシフトしてしまいました。

▶︎やはり動機って大事なのかも - わたしの記録

 

評価とは、褒め言葉をもらうことや、「よく話しかけられるようになった気がする」という気のせい(勘違い。笑)というのも含まれています。

 

なんか苦しいなぁーとか、なんか違うなぁーとか、なんか歯車が狂っている気がする…という気持ちをキャッチすることができ、早めの段階で軌道修正をかけることができたのが幸いです。

 

最初は「楽しい」と思って始めて純粋に楽しくて自信も少しついたりしたのに、他人からの良い評価を頂くことで「快楽」を得たのです。グイッ!と腕を力強く引かれるようにして、目的が「自分の喜び」から「快楽を得ること」にシフトしました。happy さんの言葉をお借りすると《操縦席を他人に譲る》ことになったのです。

 

そんで、他人軸で行動することになって、相手を見張り始めるのです。(褒めて褒めて!話しかけて話しかけて!と無言で呪う。スラダンの花道が流川にフリースロー外せ〜!って呪うイメージがピッタリです。笑)

ダサいのを承知の上で書くと、例えばちょっと意識してる人とお近づきになりたくて、帰る時間を合わせようと無駄に残業してみたり。そんで、相手はそんなことをつゆ知らずなので一足先に帰ってポツーンと残されたり。です。

 

もちろん相手から望んだ言葉や態度を得られるとこの上なく幸福感を感じるのですが、他人はコントロールできませんし、言ってみれば他人に自分の幸福感をコントロールされているわけです。

だから苦しみが出てくるのは時間の問題。わたしは今回、「違和感」という形で苦しみをキャッチしました。

「なんか変だな。。」「なんか満たされないな。。」「歯車が狂っているような。。」そこでハッ!としました。操縦席を他人に譲っていることに気がついたのです。

 

この気づきについて考えたとき、

《満たされる》と《快楽》の違いってなんだろう?と、ハタと思いました。今のところ出た結論としては、「一人でいるときにどう感じるか?」かなと。

一人でいるときにもポカポカワクワクすることならば、それは満たされている。魂が喜んでいること。

一人でいるときにヤキモキしたりモヤモヤしたり罪悪感を感じたり焦ったり苦しかったり違和感を感じるのならば、快楽を得ようとしているサイン。

 

この洋服を着てる自分を見るだけでテンション上がる!楽しくなっちゃう!は、満たされている。

この洋服を着てるわたしかわいいかな?誰か褒めてくれるかな?は、快楽を得ようとしている。

 

恋愛に対しても言えるんじゃないかなーと思います、過去のことを思い出しても。

元彼とは一緒にいないときは虚しさというか、あの人は本当に存在するのか?とか思っていたけれど、夫については、今も昔も考えると幸せです。まぁ今は「普通」になりつつあるんですけど(笑)、全然違和感ないし、ポジティブな気持ちが湧いてきます。

タイミングの良さをキャッチする

遅ればせながら、夫から誕生日プレゼントをもらいました(わたしも少し負担したけど)。電動自転車です。

▶︎原因不明は怖い - わたしの記録

 

快適です。かわいいです。ありがたいです。

そんでね、マンション暮らしなので契約している駐輪数は限られているという駐輪場問題が出てきたのですが、即刻解決しました。問題とか言ってるけど全然深刻には考えていなくて、まぁとりあえず家の空いてる部屋に一時避難しときゃーいいっしょ、って思ってました。

 

でもそんな考慮をせずとも、なんと、

新しい自転車の届く日の2日後に、マンションで無料で自転車引き取りをしてくれるという貼り紙が出たのです。

 

え?

え?

 

えーーー!(´⊙ω⊙`)

うそでしょこのタイミングの良さー!(´⊙ω⊙`)

 

ラクルです。

ネットで購入したので下取りはしてもらえずだったのですが、タダで引き取ってもらえました。玉突きできたので、家に一時避難させるという手間も省けました。

 

ちなみに、ネットで購入するときなぜか夫の機嫌が悪く、数秒のズレで保険への加入をしてもらえなかったという悲しい出来事があったのですが、届いてみたら加入されていました。「加入しない、でいいね」とかいう嘘つくのやめてほしい、ほんと。ホッ(*´Д`*)

もうこんなハラハラしたくないので、次にこんなことがあったら「今は機嫌が悪いようなので、あとでにしましょう!」と提案できるわたしで在りたいです。

 

今回の件のみならず、最近タイミングの良いことやシンクロを感じることが多いです。面白い。

やはり動機って大事なのかも

この記事を途中まで書いてたからアップしたけど、追記と後日談。

▶︎やっぱり他人はそれほどわたしのことに関心がない - わたしの記録

 

数日後、職場の同じ歳くらいの仲良い子に髪の毛のことに触れられました。そういえばパーマかけたの?かわいいねって。

ひゅー!うれしい!その言葉だけで一週間は元気が保てます。

 

で、こうやって誰かに褒めてもらえるのももちろん嬉しいんですが、何よりも嬉しいのは、可愛くなることに許可を出せたこと(可愛くなったかどうかという結果ではなくて行動に対する許可)、自分のことが少し好きになれたこと、そして自信が少し持てたこと。

 

わたしは自分のことを可愛くないと思っているので、

こんなわたしが化粧に注力しても虚しいだけ…美人はさ、何もしなくても綺麗なのに何でわたしは頑張らなきゃいけないんだろ…虚しい。でもブスなんだから最低限のことをしないと世間に失礼!

なんて思ってました。今でもすべて拭えているわけではありません。職場に美人な後輩がいます。そんなに身嗜みに気をつけてるわけじゃないけど、もう、どんな姿でも美しい。ときどきその姿を見て自分と比べては「チーン😩」ってなってます。

 

前置き長くなりましたが、ヘアメイクレッスンを受けて、メイクやヘアセットが楽しくなって、少し自信を持って職場の男性と話せるようになったのです。これ、すごい変化!

自信を持って話せるようになったら、今まで雑談なんて交わすことがほぼ無かった隣席の年下男性と、目を合わせて、笑いながら話せるようになりました。レッスンを受ける少し前からちょこちょこ仲良くなりつつあったけれど、加速した感じ。自惚れかもしれませんが、よく話しかけられるようになった気がします。

 

可愛くない人から話しかけられても嬉しくないよね…むしろ迷惑だよね…って強く思ってたので、自信を持って話せるようになったことが本当に嬉しい。

目を合わせて話せるようになったのは、ベースメイクを変えて毛穴が目立たなくなったり、アイメイクを変えて時間が経ってもパンダ目にならなくなったのも大きい。

 

しかし今回実感したのは、「楽しい」という気持ちで進めるとスピードが早いということ。幸せになるために綺麗にならなきゃ…って思ってたときは腰が重いし、何から始めればいいかわからないし、焦る。

でも楽しいとびっくりするくらい欲しい情報が自然と入ってくるし、色々と試したくなる。アレもコレもいいなぁ〜って幅がどんどん広がっていく。(メイクやヘアだけじゃなくて、今は洋服も気になってます)

 

好きこそ物の上手なれ、ってこうゆうことなのかしら?