わたしの記録

日常の記録。気づきの記録。やりたいことをやる、やりたくないことをやめる、ご機嫌でいる、の実験記録。

身の回りチェック

さゆさんのこの下の記事読んで、早速布団を布団乾燥機にかけて、ずっと放置してたポーチを洗って、安いからという理由ではなく気になる歯ブラシを買い、動線考えてメイク道具を配置しました。

わたしにしては従順!そして気持ちがいいです。

▶︎♡身の回りのチェーーーック♡ | ♡Sayu blog˖✧〜わたしの世界のつくりかた〜♡

 

記事にあるように細かく細かく問われると、「うぅっ……Σ(゚д゚lll)」と答えに詰まります。全部全部自分が「いい!」と思って選択したのか?って考えると、値段だったり間に合わせだったりメンドくさくて放っておいたりしてることがたくさんあります。

 

こうやってどんどん突き詰めていくと、他人を意識に入れる暇がなくなっていきそうですよね。自分の声って結構耳をすませないとキャッチできないから、集中力も必要ですし。

もっともっともっと自分の喜びのために生きれるってこと。やっぱり伸び代ハンパないな〜〜

《満たされる》と《快楽》の違い

美容への好奇心が久しぶりに開花して、メイクをすることやオシャレをすることが楽しくてぐんぐん加速していきました。初めは確かに「楽しさ」が動機だったのに、そこにちょっと他人の評価が加わることで、いとも簡単に他人軸にシフトしてしまいました。

▶︎やはり動機って大事なのかも - わたしの記録

 

評価とは、褒め言葉をもらうことや、「よく話しかけられるようになった気がする」という気のせい(勘違い。笑)というのも含まれています。

 

なんか苦しいなぁーとか、なんか違うなぁーとか、なんか歯車が狂っている気がする…という気持ちをキャッチすることができ、早めの段階で軌道修正をかけることができたのが幸いです。

 

最初は「楽しい」と思って始めて純粋に楽しくて自信も少しついたりしたのに、他人からの良い評価を頂くことで「快楽」を得たのです。グイッ!と腕を力強く引かれるようにして、目的が「自分の喜び」から「快楽を得ること」にシフトしました。happy さんの言葉をお借りすると《操縦席を他人に譲る》ことになったのです。

 

そんで、他人軸で行動することになって、相手を見張り始めるのです。(褒めて褒めて!話しかけて話しかけて!と無言で呪う。スラダンの花道が流川にフリースロー外せ〜!って呪うイメージがピッタリです。笑)

ダサいのを承知の上で書くと、例えばちょっと意識してる人とお近づきになりたくて、帰る時間を合わせようと無駄に残業してみたり。そんで、相手はそんなことをつゆ知らずなので一足先に帰ってポツーンと残されたり。です。

 

もちろん相手から望んだ言葉や態度を得られるとこの上なく幸福感を感じるのですが、他人はコントロールできませんし、言ってみれば他人に自分の幸福感をコントロールされているわけです。

だから苦しみが出てくるのは時間の問題。わたしは今回、「違和感」という形で苦しみをキャッチしました。

「なんか変だな。。」「なんか満たされないな。。」「歯車が狂っているような。。」そこでハッ!としました。操縦席を他人に譲っていることに気がついたのです。

 

この気づきについて考えたとき、

《満たされる》と《快楽》の違いってなんだろう?と、ハタと思いました。今のところ出た結論としては、「一人でいるときにどう感じるか?」かなと。

一人でいるときにもポカポカワクワクすることならば、それは満たされている。魂が喜んでいること。

一人でいるときにヤキモキしたりモヤモヤしたり罪悪感を感じたり焦ったり苦しかったり違和感を感じるのならば、快楽を得ようとしているサイン。

 

この洋服を着てる自分を見るだけでテンション上がる!楽しくなっちゃう!は、満たされている。

この洋服を着てるわたしかわいいかな?誰か褒めてくれるかな?は、快楽を得ようとしている。

 

恋愛に対しても言えるんじゃないかなーと思います、過去のことを思い出しても。

元彼とは一緒にいないときは虚しさというか、あの人は本当に存在するのか?とか思っていたけれど、夫については、今も昔も考えると幸せです。まぁ今は「普通」になりつつあるんですけど(笑)、全然違和感ないし、ポジティブな気持ちが湧いてきます。

タイミングの良さをキャッチする

遅ればせながら、夫から誕生日プレゼントをもらいました(わたしも少し負担したけど)。電動自転車です。

▶︎原因不明は怖い - わたしの記録

 

快適です。かわいいです。ありがたいです。

そんでね、マンション暮らしなので契約している駐輪数は限られているという駐輪場問題が出てきたのですが、即刻解決しました。問題とか言ってるけど全然深刻には考えていなくて、まぁとりあえず家の空いてる部屋に一時避難しときゃーいいっしょ、って思ってました。

 

でもそんな考慮をせずとも、なんと、

新しい自転車の届く日の2日後に、マンションで無料で自転車引き取りをしてくれるという貼り紙が出たのです。

 

え?

え?

 

えーーー!(´⊙ω⊙`)

うそでしょこのタイミングの良さー!(´⊙ω⊙`)

 

ラクルです。

ネットで購入したので下取りはしてもらえずだったのですが、タダで引き取ってもらえました。玉突きできたので、家に一時避難させるという手間も省けました。

 

ちなみに、ネットで購入するときなぜか夫の機嫌が悪く、数秒のズレで保険への加入をしてもらえなかったという悲しい出来事があったのですが、届いてみたら加入されていました。「加入しない、でいいね」とかいう嘘つくのやめてほしい、ほんと。ホッ(*´Д`*)

もうこんなハラハラしたくないので、次にこんなことがあったら「今は機嫌が悪いようなので、あとでにしましょう!」と提案できるわたしで在りたいです。

 

今回の件のみならず、最近タイミングの良いことやシンクロを感じることが多いです。面白い。

やはり動機って大事なのかも

この記事を途中まで書いてたからアップしたけど、追記と後日談。

▶︎やっぱり他人はそれほどわたしのことに関心がない - わたしの記録

 

数日後、職場の同じ歳くらいの仲良い子に髪の毛のことに触れられました。そういえばパーマかけたの?かわいいねって。

ひゅー!うれしい!その言葉だけで一週間は元気が保てます。

 

で、こうやって誰かに褒めてもらえるのももちろん嬉しいんですが、何よりも嬉しいのは、可愛くなることに許可を出せたこと(可愛くなったかどうかという結果ではなくて行動に対する許可)、自分のことが少し好きになれたこと、そして自信が少し持てたこと。

 

わたしは自分のことを可愛くないと思っているので、

こんなわたしが化粧に注力しても虚しいだけ…美人はさ、何もしなくても綺麗なのに何でわたしは頑張らなきゃいけないんだろ…虚しい。でもブスなんだから最低限のことをしないと世間に失礼!

なんて思ってました。今でもすべて拭えているわけではありません。職場に美人な後輩がいます。そんなに身嗜みに気をつけてるわけじゃないけど、もう、どんな姿でも美しい。ときどきその姿を見て自分と比べては「チーン😩」ってなってます。

 

前置き長くなりましたが、ヘアメイクレッスンを受けて、メイクやヘアセットが楽しくなって、少し自信を持って職場の男性と話せるようになったのです。これ、すごい変化!

自信を持って話せるようになったら、今まで雑談なんて交わすことがほぼ無かった隣席の年下男性と、目を合わせて、笑いながら話せるようになりました。レッスンを受ける少し前からちょこちょこ仲良くなりつつあったけれど、加速した感じ。自惚れかもしれませんが、よく話しかけられるようになった気がします。

 

可愛くない人から話しかけられても嬉しくないよね…むしろ迷惑だよね…って強く思ってたので、自信を持って話せるようになったことが本当に嬉しい。

目を合わせて話せるようになったのは、ベースメイクを変えて毛穴が目立たなくなったり、アイメイクを変えて時間が経ってもパンダ目にならなくなったのも大きい。

 

しかし今回実感したのは、「楽しい」という気持ちで進めるとスピードが早いということ。幸せになるために綺麗にならなきゃ…って思ってたときは腰が重いし、何から始めればいいかわからないし、焦る。

でも楽しいとびっくりするくらい欲しい情報が自然と入ってくるし、色々と試したくなる。アレもコレもいいなぁ〜って幅がどんどん広がっていく。(メイクやヘアだけじゃなくて、今は洋服も気になってます)

 

好きこそ物の上手なれ、ってこうゆうことなのかしら?

やっぱり他人はそれほどわたしのことに関心がない

ヘアメイクレッスンを受けてから、化粧が楽しいです。ヘアセットも楽しいです。こんなに美容にウキウキするのって、高校生か…大学生ぶりじゃないかと思う。

 

わたし、自分では化粧に関してはやることは一通りやってます、って思ってたんですね。アイシャドウもアイラインもチークもしてますし。髪の毛も編み込みができるようになったし、安くはないヘアメイクレッスンに申し込んだものの…正直全然期待してなかったんです。変わる余地は、そんなにないと。

 

でも!

でも!

レッスン受けたら衝撃…化粧の仕方から、化粧品まで(高い安いの話ではないです)、ヘアスタイルも…目から鱗がボロボロ落ちました。

施してもらってるときは、濃すぎじゃない?髪の毛かわいすぎない?30過ぎて痛くない?なーんて思ってたんですけど、出来上がった全体像を見たらテンションが上がった。ビックリするほどテンションが上がった。どれくらい上がったかというと、普段は全くしない自撮りを家でコソコソやるくらい上がった。

 

早速ヘアアイロン(コテ)を購入し、ベースメイクの化粧品は一新。

友達と会ったときに、今日は口紅を買いたいこと、さらに欲しい口紅が全く一緒だというシンクロにとても驚きました。で、同じ色を購入し、いいと噂のファンデーションを教えてもらい、気になった下地と共に買い(本当にいい感じ)、そのあと友達オススメのコンシーラーをアマゾンでポチッとしました。

 

ベースメイクを変え、いつもより濃いめにアイメイクをし、慣れないコテで巻いていつものヘアセットにアレンジを施し、ルンルンなものの、美容院に行った翌日のような恥ずかしさを伴って出社しました。髪切ったら何も言われないと悲しいけど、触れられすぎると恥ずかしいタイプです。どーしよ!変って言われたらどーしよ!濃いですよ、とか、若作りとか言われたらどーしよ!なんて頭の中は忙しい。

 

で、

結局、

誰にも、

何も、

触れられず!!!

 

ウケた。心配しすぎてる自分にウケた。

あ、いつもと違うなぁ〜と思ってる人もいたかもしれないけれど、だーれも、なーんにも言わない。ウケる🤣

人って、自分が思ってるほど人のこと見てない。って痛感した出来事でした。

「夫が変わってしまった」という責任転嫁

先日ヘアメイクレッスンを受けてた時に色々気づいたことがあったのだけれど、一番衝撃だったことを新鮮なうちに。

 

結婚する前の夫と、少し前の夫と、今の夫のことを話していたのですが、そのとき自分の口から、

「夫が変わってしまったと思っていたけど、もしかしたらわたしが変わったのかもしれませんね」って言葉が出てきて。

自分で言ったくせに、ぎょぇー!!それって核心じゃね?!すごいことに気がついちゃったんじゃね?って衝撃をくらいました。

 

もともとね、頼り甲斐のある人なんですよ。器用だし、褒め上手だし、色んなこと知ってて。でも、結婚してからわたしが強くなってしまったのと、夫を頼りない認定して、頼りない扱いして、助けてくれないと決めつけたのは、このわたしなんです。甘えたり、頼ったり、褒めたりしなくなりました。

何がきっかけになったかはもはや覚えていませんし、私の中に元々持っていた男性像(父親由来の)があったのが表面化したのだと思います。夫とはこうゆうものだっていう前提が、頼りない人、機嫌の悪さを家に持って帰ってくる人、というパートナーを作り上げた。

 

わたしがそうゆう扱いをしたから、夫が男性としての力を失くしたのです。

 

あとね、結婚してからわたしが女性としての自覚…身だしなみ、美容に手を抜くようになったのもあります。話してて気づきました。手を抜いてるなんて本当に無意識でした。

もともと女性としての自覚があまりなくて(セッションを受けて知ったことです)、女性としての自信もなかったから、結婚して気が抜けちゃったんですね。確かに結婚したことで、男性にアピールしなくて済む!(対面でだけではなくて、女性として意識して過ごさなくて済む)って安堵してるところもあるんです、なぜか。力まなくて済む〜って。

わたしにとって「女でいること」は、意識することが必要で、パワーを使うことで、疲れることで、頑張らなくてはいけないことでした。そもそもわたしは女なのに、「女でいること」って表現をすること自体が自分の中の女性性への否定を表していますよね。

 

わたしは可愛くないんだから、男の人に色目を使ってはいけない。わたしは可愛くないんだから、体にフィットするような洋服を着てはいけない。わたしは可愛くないんだから、話しかけるのを待ってるんじゃなくて話題を提供しないといけない。わたしは可愛くないんだから…

書いてて愕然とする(;´д`)呪いや(;´д`)

 

女であるわたしを許す。女らしいことをするわたしを許す。女らしさを否定された過去を癒す。

全部「わたし」です。夫は関係ない。すべて自分の問題なのです。

まだまだ伸びしろだらけだな、って謎のポジティブな気持ちです。

自分にとっての「時間」とは

わたしは、怖さをたくさん抱えているようです。

また新たな怖さ、「暇であることが怖い」に気づいた話です。

 

職場でボスが、Aさん(女性)に忘年会の計画を、わたしに中途入社者の歓迎会の計画を立ててほしいと依頼してきました。Aさんもわたしも幹事を任されるのが嫌で、ボスがいないところで愚痴り合っていました。

そこでAさんが何気なく言った(であろう)言葉に、わたしは強く反応したんです。「他の誰かに頼むって言っても、みんな忙しいですもんね」という言葉に。

 

わたしは事務職です。うちの会社のうちの支社は、事務職が2人だけであとは専門職だったり営業職の人たちです。人手不足でわたしもここのところ数ヶ月間忙しい時期が続いていますが、普通に考えて専門職の人よりも事務職の方が忙しくありません。もう一人いる事務職の人が正直一番時間に余裕があるのですが、二児の母で時短勤務です。だからまぁ、「実質うちの会社で一番暇なのはわたしだよね…」って着地したんです、自分の中で。Aさんはそんなことを言ったつもりなんて全然ないだろうけど、そう言われたように感じたんです。

それは、下記のような方程式をわたしが強く握りしめているからだと思います。

 

暇=時間がある=不本意なことを任されても正当な理由で断れない=嫌なことをやらなければいけない

 

だから、暇なのが怖いんです。

文字にして俯瞰してみるとなんだかアホみたいな話ですけど。なんで時間に余裕があるからといって、嫌なことを引き受けなきゃいけないんだ、ってね。自分の時間なのに。

 

このとき、中学時代のことを思い出しました。中3の運動会の時期、クラスで応援団を決めようとしていたときです。

立候補者がいませんでした。そうしたらね、誰かが「部活やってない人がやればいいじゃん」的なことを発言したんです。放課後にある集まりに参加するためには部活を遅刻しなきゃいけないし、って。

わたしは中1の最後の方で人間関係を理由に部活を辞めています。退部したことですらわたしの中に苦しみとして、トラウマとして強く強く染みついて未だに辛い思いをしているのに、追い討ちをかけられたような気分になりました。その場から逃げ出したかった。存在を消すのに必死でした。帰宅部の人なんてほとんどいませんでしたしね。

結局別の子が引き受けてくれたんですけど、ここで、時間に余裕があることに対するマイナスイメージが出来上がったのです。

 

それは結婚してからも出てきました。料理が好きではないのですが、夫よりもわたしの方が早く帰宅するので、わたしが夕飯を作ります。これもね、「わたしの方が仕事が楽だし、早く帰れるから」みたいな罪悪感?から来るんです。だから、仕事が大変なフリをしてみたり、実際大変になったり、仕事後に予定を入れてみたりしてました。

仕事自体も、暇そうにしてるとめんどくさいことを頼まれるから忙しそうにしてみたり、実際忙しくなったりしてます。

暇だとつけ込まれる、って思ってるのかもしれません。忙しい人の方が偉い、とも思い込んでるのかもしれません。だから「やらなきゃいけないこと」で自分の時間を埋めようとしている。

暇にしてるのが怖いから。

暇にしていると見下されそうで怖いから。暇にしていると他人に、よりやりたくないことを押し込まれるのが怖いから。

 

書いてみると冷静になってきました。

やりたくないならやらなければいい。時間があるとかないとか関係ない。「時間がある」はやりたくないことを押し込まれる正当な理由にならない。わたしの時間はわたしのもの。わたしの意思で決めていい。それで断って嫌われるのが怖いんですよね。結局人の目。

時間があることに罪悪感や恐怖を抱えていました。定時に帰れること、予定の埋まらないスケジュール、に焦っていました。忙しい人になりたかった。忙しい人=充実している人でもあり、忙しい人=やりたくないことを正当な理由で断れる人、だから。

 

わたしの時間はわたしのもの。わたしの意思で「やること」「やらないこと」を決めていい。

充実している=自分の喜びのために時間を使うこと。

と、決め直します。

 

抵抗感だったり怒りの根本にあるのは、「怖さ」なんじゃないかなと思います。抵抗感が少ない人ってとても生きやすい人なんじゃないかと思うんです。だからこそ、抵抗感や怒りが出てきたときに感情を吐き出して感情を認めたら、その奥にある怖さや悲しみを見つけてあげる。そうやってひとつひとつ紐解いていくことが生きやすさに繋がっていくと信じています。